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大阪地方裁判所 昭和36年(行)19号 判決 1963年10月31日

原告 辻勝子

被告 阿倍野税務署長 大阪国税局長

訴訟代理人 山田二郎 外五名

主文

一、原告に対し、被告阿倍野税務署長が昭和三五年四月二八日付でなした原告の同三四年分贈与税の決定ならびに被告大阪国税局長が同三五年一二月一二日付でなした原告の同三四年分贈与税に関する審査請求を棄却した決定の各処分は、いずれもこれを取消す。

二、被告阿倍野税務署長が同三六年三月二九日原告所有の現金二一万七九四五円につきなした差押処分の取消しを求める原告の訴えは、これを却下する。

三、訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文一、三項と同旨ならびに、「被告阿倍野税務署長が昭和三六年三月二九日原告所有の現金二一万七九四五円につきなした差押処分を取消す。」との判決を求め、請求の原因として、次のとおりべた。

「一、被告阿倍野税務署長は、昭和三五年四月二八日付で、原告の同三四年分贈与税の決定(納付税額二一万七八九〇円)をなし、これを原告に通知した。原告は、同三五年五月六日同被告に再調査の請求をしたところ、同月二八日同被告から右請求を棄却する決定を受けた。そこで同年六月二四日被告大阪国税局長に審査の請求をしたところ、同被告は、同年一二月一二日付で審査請求を棄却する決定をなし、原告は、同三六年三月八日同被告に問い合わせて右決定のなされたことを知つた。さらに、被告税務署長は、原告に対し、同年三月二九日原告の右贈与税につき、原告所有の現金二一万七九四五円を差し押える滞納処分をなした。

二、被告税務署長の右贈与税の決定および被告国税局長の右審査決定は、いずれも違法である。

(一)  被告税務署長の右贈与税の決定は、原告が昭和三四年一一月二七日訴外富国生命保険相互会社から訴外辻徳光が保険料の全部を負担した生命保険契約による保険金を受け取つたものと認め、相続税法五条一項の規定によりなされたものであるが、

1  原告は、同条にいう保険金受取人ではない。すなわち、同条にいう保険金受取人が、保険契約における名義上の受取人とは別に、実質上の受取人を指すものであることは、同法条に「その取得した保険金」とある字句や条理上の解釈からも明らかである。本件においては、原告の父親である辻徳光は、昭和二九年一一月五日右訴外保険会社との間に、娘である原告(同一三年三月五日生れ)の結婚仕度金および結婚式費用(以下単に結婚費用という)に充てる考えで、被保険者および保険金受取人を原告とする五年満期の生命保険(養老保険)契約を締結して保険料の全部を負担し、同三四年一一月二七日原告名義で保険金一〇八万一七一一円を受け取つたのであつて、原告は右保険金の受取人でない。いまその然る所以を詳述するに、

(1)  まず、原告は、右保険契約上の保険金受取人ではない。すなわち、訴外辻徳光は、自己が当然負担とすべきものと考えていた原告の結婚費用を積み立てるために、右保険契約を締結したものであるから、その満期における保険金は、同訴外人が受け取り、これを右目的に使用することを予定していた。そして右保険契約上に保険金受取人として原告名が表示されたのは、この保険契約が原告の結婚費用のために用意されているものであることを明らかにして、原告の妹である同訴外人の三女のための保険契約と区別するためにほかならず、同訴外人としては、あくまでも自分が保険金の受取人であると考えていたのである。これは、同訴外人が原告の名前を用いても自己の表示として通用するものと誤解していたことによるものであるが、原告としては、自己の名前を無断使用されたものであるから、右保険契約上原告が有効に保険金受取人となるものではないこと

(2)  かりに、原告が、右保険契約上保険金受取人となつたものとしても、原告は、右保険の満期の約一年前にあたる昭和三三年一〇月訴外辻静雄と結婚したため、当初の予定に反して、右保険金は、結婚費用に用立てられなかつた。そこで、原告の結婚費用は、訴外辻徳光の他の資金によつてまかなうとともに、右保険金については、原告と同訴外人との間で「右保険金受取の権利帰属者を同訴外人に変更する。同訴外人は、前記保険会社に対しては保険金受取人名義の変更手続を要せず、従前の原告名義で保険金を受け取る。」旨の合意をした結果、右昭和三三年一〇月以降は、同訴外人が実質上の保険金受取人となつたものであることによつて明らかである。

2  かりに、原告が、右法条にいう保険金受取人であるとしても、右保険金は、同法二一条の三一項二号の非課税財産に該当するかもしくはこれに準ずるものである。すなわち、右保険金は、同訴外人がその次女である原告の結婚費用のために自ら保険料の全部を負担した生命保険契約に基き支払われたものであるが、古来、我が国では、「親が娘を養育する最終目標は、娘を立派に嫁がせることにあり、娘を嫁がせるにあたつては、親はその地位資力に応じて分相応の仕度をしてやることが親の責任である」とされ、これが伝統的な観念となつている。そして、「親が娘を嫁がせる責任」は、親が娘を養育扶養する義務の延長というよりも、その義務以上に重視される風習が顕著である。しかるところ、同訴外人は、日本割烹学校の校長として、相当の資産を有するものであるから、原告の結婚費用として一〇〇万円前後の金を出しても、何ら分不相応ではなく、むしろ少なすぎるくらいである。したがつて、原告の受け取つた右保険金は、右法条にいう「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与に因り取得した財産のうち通常必要と認められるもの」に該当するかもしくはこれに準ずるものとして、非課税財産にあたるものである。もつとも、原告は右保険金の取得前に結婚し、右保険金の額を上廻る結婚費用を同訴外人の他の資金で立て替え支払つてもらつたので、その後に受け取つた右保険金を同訴外人の処分に委ねたけれども、これは、右結婚費用の立替分の返済に充てたものであるから、右保険金が同訴外人から結婚費用として贈与された財産の性質を有していることに変りはない。

3  さらに、原告は、右保険金につき課税を免かれないとしても、同訴外人が右生命保険の保険料として支払つた金額の合計は、九四万九八二九円にすぎないから、右保険金にかかる贈与税の課税価格は、右保険料の合計額に相当する限度を基準としなければならない。

(二)  以上のとおり、右保険金は、その金額(少くとも九四万九八二九円を超える額)について、贈与税の課税対象とすることができないものである。したがつて、右保険金の全額につき、これを贈与に因る取得財産とみなして原告に贈与税を賦課した被告税務署長の贈与税の決定およびこれを維持した被告国税局長の審査決定は、いずれも違法であり、取り消されるべきである。

三、被告税務署長が、原告所有の現金に対してなした差し押えもまた違法である。

被告税務署長の右差し押えの滞納処分は、その先行処分である右贈与税の賦課処分が、前記のとおり違法である以上、その後続処分たる点よりして違法となるものであるから、これも取り消されるべきである。

四、よつて、原告に対する被告税務署長の右贈与税の決定および原告の現金に対する右差し押えならびに被告国税局長の右審査決定の各処分の取り消しを求めるため本訴に及んだ。なお、被告税務署長の右差し押えは、対象が現金であるから、滞納処分が完結したばあいと同様の苦痛を原告に与えるものであり、さらに金詰りのやかましいおりから、右処分により原告に生ずる損害は、著るしいものがある。したがつて、右処分の取り消しについては、再調査の請求および審査の決定を経ないでも、不適法ではない。」

被告の本案前の申立に対し、「被告税務署長の原告の現金に対する本件差し押えは、原告が同被告に対し、「滞納処分の根本をなす賦課処分につき本件訴訟で審理中であるから、その結果を見るまで差押処分を猶予してもらいたい。財産を散逸させるようなことはしない。」旨を申し入ていたのにもかかわらず、これが強行されたものである。したがつて、被告が主張するように、右差し押えが、原告の自発的な申し入れによつて行われたものではない。」と述べ、

被告の答弁に対し、「被告らは訴外辻徳光が右保険金を同訴外人が主宰する日本割烹学校阿倍野校舎新築資金の一部に充てたことをもつて、右保険金が前記非課税財産に該当しない事由の一に挙げているけれども、前記のように、原告は、同訴外人から結婚費用の立て替えを受けていたため、その後、結婚費用として受け取つた右保険金をもつて、右立替金の返済に充てたのである。したがつて、同訴外人が右返済金をどのような用途に費消したにせよ、原告が受け取つた右保険金の性質には何らの影響をもたない。」と述べた。

(証拠省略)

被告ら指定代理人は、本案前の申立として、「本訴のうち、被告税務署長がした差し押えの取り消しを求める訴えを却下する。」との判決を求め、その理由として、「右訴えは、国税徴収法一六九条一項に定める訴願前置手続を経なければ、原則としてこれを提起することができないものであるところ、右差し押えは、原告の代理人である訴外大井淳造が昭和三六年三月二九日阿倍野税務署に来て、「滞納金を納付書により納付すれば、租税債務を承認したことになり、それでは右贈与税の賦課処分を争つている本件訴訟との関係で不都合なので、形式上差し押えの手続をとつてもらいたい。」旨申し出たので、これを行なつたものである。したがつて、同条一項三号に定める訴願前置の除外事由に該当しないから、右前置手続を経由しない訴えは、不適法として却下せられるべきである。」と述べ、

本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

「一、原告主張事実のうち、一、の事実(但し審査棄却決定通知書は、昭和三五年一二月一四日原告に到達している)、二、の事実中、訴外辻徳光と同富国生命保険相互会社との間に原告主張の内容の生命保険契約が締結され、訴外辻徳光がその保険料の全額を負担したこと、右保険契約の満期により、原告名義で右保険金が受け取られていること、同訴外人が原告の実父で日本割烹学校の校長であることは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は、すべて争う。

二、被告らの本件各処分は、右の事実関係および以下に述べるところにより、いずれも適法なものである。

1  被告税務署長の贈与税の決定および被告国税局長の審査の決定について

訴外辻徳光が保険料の全部を負担した本件生命保険は、昭和三四年一一月四日満期が到来し、右保険金は、契約上の保険金受取人である原告が受け取つたものである。そこで被告税務署長は、相続税法五条一項により、右保険料に対応する保険金として、右保険金の全額が、同訴外人から原告に贈与されたものとみなし、原告に対し取得財産の価格一〇八万一八一一円、基礎控除二〇万円、課税価格八八万一八〇〇円、贈与税額一八万九五四〇円、無申告加算税額二万八三五〇円とする昭和三四年分贈与税の決定をなし、同三五年四月二八日これを原告に通知した。ところで、相続税法五条一項によると、保険事故が発生(本件では満期が到来)したときに、保険金が贈与により取得されたものとみなされるものであり、現実に保険金受取人が保険金を取得したかどうかを問わないものであるから、原告が右保険金を現実に受け取つていないことを理由に、同条の適用を拒むことはできない。

また、原告は、右保険金が結婚費用として父親の同訴外人から贈与されたものであることを理由に、同法二一条の三一項二号にいう非課税財産に該当しもしくはこれに準ずるものであると主張するけれども、かりに、右保険金が結婚費用として贈与されたものであるとしても、右結婚費用として贈与されたものは、ここにいう非課税財産にあたらない。けだし、同条の法意は、扶養義務者相互間において、生活費および教育費にあてるためになされた出捐は、法律上の義務の履行そのものであり、一般の無償の財産授与行為である贈与とは、その実質を異にしていること、そして、それは直ちに消費されるもので、受贈者に利得を残させるものではないから、これを非課税財産とするものである。したがつて、その範囲は、右生活費または教育費に限定されるべきものであり、結婚費用にあてるための贈与を生活費や教育費におけると同列に非課税財産にあたるものということはできない。また、非課税財産とされる生活費または教育費にあてるための贈与についても、通常必要と認められるものでなければならないから、訴外辻徳光の家屋建築費用に費消せられた右保険金が、非課税財産に該当しないことはいうまでもない。

2  被告税務署長の差し押えについて

原告は、昭和三四年分贈与税二一万七八九〇円をその納期である同三五年五月三一日までに納付しなかつたので、被告税務署長は、同年六月七日原告に対し督促状を発し、右督促にかかる国税を徴収するため、同三六年三月二九日国税徴収法四七条により、原告の金銭を差し押えたものである。原告は、先行行為である賦課処分が違法であるから、これを前提とする右差押処分もまた違法であると主張するけれども、租税の賦課処分と滞納処分とは、それぞれ目的を異にする別個の行政処分であるから、前者の違法性は、後者に承継されない。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、被告税務署長に対する贈与税の決定および被告国税局長に対する審査決定の各取消請求について

(一)  被告税務署長が昭和三五年四月二八日付で、原告の同三四年分贈与税の決定(納付税額二一万七八九〇円)をなし、これを原告に通知したこと、原告が同三五年五月六日同被告に再調査の請求をし、同月二八日同被告から右再調査請求を棄却する決定を受けたこと、そこで原告は、同年六月二四日被告国税局長に審査の請求をしたところ、同被告が同年一二月一二日右審査の請求を棄却する決定をしたこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。もつとも、右審査決定通知の方式、日時については争があるが、少くとも右決定通知がすでになされていることならびに右通知は早くとも被告らの主張する昭和三五年一二月一四日以前に遡るものでないことは、争がないのであるから、被告らの右の各決定に対する本訴は、訴願前置および出訴期間の要件との関連において、いずれも適法な訴えであることもちろんである。

(二)  まず被告税務署長に対する右贈与税の決定の取消請求について考えるに、右贈与税の決定が、原告が昭和三四年一一月二七日訴外富国生命保険相互会社から原告の父である訴外辻徳光において保険料の全部を負担した生命保険(養老保険)契約による保険金を保険金受取人として取得したものとして、相続税法五条一項の規定を適用したうえでなされたものであることについては、当事者間に争いがないところ、原告は、同法条にいう保険金受取人は実質上の受取人をいうと主張して、保険金の取得を実質的に評価すべきことを強調するのに対し、被告らは、同法条の適用につき保険金が現実に保険金受取人に取得されているかどうかを問わず、保険事故発生のときに同条に定める擬制により、贈与の効果が生ずると主張するのであるが、同法条が「……当該保険事故が発生した時において、保険金受取人がその取得した保険金のうち……当該契約に係る保険料で当該保険事故が発生した時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分を……贈与に因り取得したものとみなす。」と規定しているところよりすれば、同法条は、保険金受取人が保険金を取得したことを前提とした上で、これが贈与により取得されたとみなされる時期と範囲を定めたものであることは疑いないところであり、しかして、右の保険金の取得の事実が単に保険契約上保険金受取人であることから形式的に認定されるべきではなく、具体的な事実関係から右保険金の享受者を実質的に判定して決せられるべきものであることは、同法第二条の二の贈与に因る財産取得の要件を認定する場合と何ら異るものではない。

しかして、原告の父親である訴外辻徳光が昭和二九年一一月五日訴外富国生命保険相互会社との間に娘の原告(昭和一三年三月五日生)を、被保険者および保険金受取人とする五年満期の生命保険(養老保険)契約を締結して、その保険料の全部を負担したことおよび右保険契約の保険事故が発生(満期が到来)し、保険金一〇八万一七一一円が同三四年一一月二七日原告名義で受け取られていることについては当事者間に争いがないから、以下、果して原告が右保険金の実質上の取得者であるかどうかについて考えてみる。

証人辻徳光、同大井淳造、同辻静雄の各証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、

右保険契約は、同訴外人が、その次女で当時一六才の原告の結婚に備え、親の責任として自己が負担しなければならないと考えていた右結婚の費用を積み立てる目的で、満期を五年と定めて契約したものであり、もし満期前に同訴外人が死亡すれば、原告が保険金を受取ることは予想していたが、満期当時同訴外人が生存しておれば、同人が保険金を受取り、原告の結婚費用に充てる所存であつたこと

しかし、原告の結婚が、右保険の満期前に実現し、右保険金を所期の結婚費用に充てることができなかつたので、同訴外人は、同人の他の資金で右保険金額をはるかに上廻る額の結婚費用を支弁するとともに、その後満期の到来した右保険金を原告名義で受け取り、これを同訴外人の事業資金に充てたこと、

原告は、同訴外人の右保険契約の締結、保険料の支払のことについてはもちろん、右保険金の受領についても具体的に関知するところは皆無であり、右保険契約の締結から保険金の受け取りにいたる一切の手続は、すべて同訴外人のもとで処理されたこと

が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実と、わが国の風習として結婚に必要な調度品は親が娘のために買い与え、挙式費用も親が支弁するのが通常であり、親が娘のために結婚費用として一定額の金員を贈与し、娘がそのうちから自由に調度品を購入したり、挙式費用を支弁するというようなことは例外的なことと考えられる点を勘案するとき、本件保険金は、その満期前に訴外辻徳光が死亡等不慮の事故により自己の手で原告の結婚費用を支弁することができないような事態に至つたときは、これを原告の権利とし原告のため結婚費用を確保せしめる趣旨であつたというべきであるが、そうでない限り同訴外人が保険金についての実質的支配を有し、右金員を以て原告のために結婚費用を支弁することを前提とするものであるというべく、従つて、対保険者の関係では原告が保険金受取人として保険金につき権利を有するにしても、原告と同訴外人との間では、右事態が発生しない限り、原告が保険事故発生により保険金を取得すると同時に、その権利は当然同訴外人に帰属する旨の条件付保険金移転の約定が、保険契約締結のさい、これと一体的に黙示的に成立していたものと推認するのが相当である。もつとも、右約定当時原告は未成年者であり、同訴外人ら親権者が原告を代理して右約定を結んだものというべきであるが、右約定は保険契約と不可分一体的になされたものであり、総体的にみれば、原告が同訴外人との関係においては条件付ではあるにしても、保険金を取得しうる点において、その利益でこそあれ、不利益でないこと明白であるから、特別代理人によつてなされることを必要とする利益相反行為に該当しないし、かりにそうでないとしても、原告は成年後これを追認していたものであることは、原告本人尋問の結果に照し、容易に看取しうるところであるから、右約定は有効であるといわなければならない。

そうであれば、保険契約の動機となつた前記不慮の事態未発生の本件では、原告が対保険者の関係において取得した前記保険金は、取得と同時に右約定により当然訴外辻徳光に帰属したものというべきである。従つて、前認定の如く原告が保険の満期到来当時は成年に達していたのにかゝわらず、右保険金を現実に入手したことはなく、すべて同訴外人が入手してこれを自己の所有として管理処分していることは、右約定による当然の推移であるというべきであつて、かくの如き場合、原告が実質上保険金の取得者であると認めることができないのはいうまでもない。

もつとも、被告主張の如く、同訴外人は保険金を原告の結婚費用に費消していないが、右は保険の満期到来前に原告の結婚が実現し、同訴外人が別途資金を以て結婚費用に充てたためであること前認定のとおりであるから、このことは前記保険の目的ならびに原告と同訴外人間の保険金帰属に関する約定の認定に何ら支障を来すものではなく、むしろ原告が保険金の実質的取得者でないことを裏付ける資料であるといわなければならない。

してみれば、被告税務署長の本件課税処分は、保険金の取得者でない原告に対して、相続税法五条一項の規定を適用してなされたものとして違法であり、取り消しをまぬかれない。

(三)  つぎに、被告大阪国税局長に対する審査請求棄却決定の取消請求について考えるに、被告税務署長の本件課税処分に右の如き実体上の瑕疵があり、違法として取消されるべきものであるときは、右処分を維持して、原告の審査請求を棄却した被告国税局長の決定も亦違法として取消を免れないことはいうまでもない。しかのみならず原告は、右審査決定の通知書が原告に到達していないという審査決定固有の形式的瑕疵をも主張しているので、この点についても合せて検討するに、右審査決定が理由を付記した書面をもつて、被告主張の日時、原告に通知せられた事実は、本件にあらわれた全証拠によつてもこれを認めることができないから、原告主張の如く、原告の問合せに対し口頭による通知があつたに過ぎないものと認めるのほかはない。ところで相続税法が審査決定の通知は、理由を付記した書面を以てなすべきことを要請しているのは、審査決定が紛争裁断処分たるに鑑み、その慎重さと審査請求者の納得を目的とするにあるものと解せられ、この法の趣旨よりすれば右瑕疵は、重大、明白であり、審査決定の無効を来すものというべきであるが、原告において、単に違法を主張しその取り消しを求めることもまた許容されるものと解するのが相当である。

二、被告税務署長に対する差し押え処分の取消請求について

原告は、さらに前記贈与税の賦課処分が違法として取消されるべきことを理由として、右課税処分に基き被告税務署長が原告に対し昭和三六年三月二九日付でなした原告所有の現金二一万七九四五円の差押処分の取消しを求めるのであるが、前記の如く賦課処分が違法であり、これを取消すべきものとする判決が確定すれば、賦課処分の有効を前提とする右差押処分もまた違法となり、被告税務署長は右判決の拘束力によつて差押処分を取消すべき義務を負い、滞納処分を続行することができなくなるのであるから、差押処分自体に瑕疵があれば格別、そうでない本件では前記賦課処分の取消請求のほかに、さらに差押処分の取消しを求める必要はなく、この点に関する原告の請求は、訴えの利益を欠くものといわなければならない。

三、結局、原告の本訴請求のうち被告税務署長の贈与税の賦課処分および被告国税局長の審査決定の各取消しを求める部分はいずれも理由があるから、これを認容すべく、差押処分の取消しを求める部分は、不適法として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 井上清 小田健司)

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